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2017.05.04 (Thu)

修羅の終わり


修羅の終わり
(2000/1/14)
貫井徳郎

倒すべき敵がいて、
大義は自分の味方で、
能力も機会もあるのなら、
倒さずにいるには罪だ。

そんな世界でのドンパチは、
どこか遠くで勝手にやっていて欲しい。


【More・・・】

あなたに敵はいるかと問われたなら、
多分いない、と私は答えるだろうと思う。
私を嫌いな人ならばいくらもいるだろうけれど、
激しい衝突が起こるほど利益の競合している相手はいないし、
殺意を向けられて仕方ないほどの何かをした覚えもない。
主義主張に関することで敵を作るような立場にもいない。
だから、おそらく積極的に害を与えてくるような敵はいない。
そういう太平楽な心持ちで日々を過ごしている人間には、
「国家の敵」のために心身をすり減らす刑事の苦悩は、
どこか遠い場所にあるもののようにしか感じられなかった。
もちろん、警察を始めとする種々の方々の努力があってこそ、
一市民が敵はいないなどと言える平安が保たれていると言われれば、
それに反論する言葉は出てこないけれど、
敵がいなければ、敵がいるからこそ、
自分の卑怯や卑劣は大義の下に帳消しにされると、
そう無理にでも信じようとする醜さは、
とても見ていられるものではなかった。
どこを向いても警察を信じられなくなること請け合いの物語だった。

3人の男の話が同時進行で語られつつも、
ミステリのお約束的な事件は全く起こらない。
密室もなければ不可解な殺人もなく、
売春、レイプされる女たち、
国家に敵対する(とされる)組織という共通項をもったまま、
男たちの物語は最終盤まで交わることなくただ進んでいく。
各々の物語の交点はどこか(それはそもそもあるのか)が最大の謎であり、
それを推理するための要素は解体され、
きっちり必要なだけ随所に織り込まれている。
そういう風に構造を俯瞰してみると、
その解体と再構成の巧みさが見事過ぎて癪にさえ感じた。
久我、鷲尾、記憶喪失の男、それぞれ単独の物語としても、
理想に燃える青年の挫折と苦悩があり、
悪に魅入られた男の暴走と狂気があり、
恋もあれば復讐もあり、己は何者かという問いまであって、
ドラマとサスペンスをみっしりと詰め込んだ仕上がりに、
ぶ厚い一冊の分だけ十分にお腹に一杯になった。
ただいずれの話でも女たちは尊厳と命を踏みにじられていて、
それが最後までどの犯人にも納得のいく形の報いとしては、
戻っていかなかったことが消化不良と言えば消化不良だった。
そんな所でそれを切り落とされたから何だと言うのだろう。

鷲尾、久我、真木の3人の中では、
やっていることは最悪の部類ながら、
行動原理として最も理解しやすいのは鷲尾だった。
警察を追放されてから鷲尾自身が自覚したように、
男の性質、抱え込んでいた欲望は、
たとえ建前であっても正しさの側に立たねばならない組織とは、
根本的に相容れないものだったのだと思う。
薄っぺらな正しさや実のない権力のその虚ろを憎むがゆえに、
男は暴力で弱い者を屈服させる単純さに美を見出したんでしょう。
久我のような悶えなしには務まらない仕事に対して、
そういう男が意義を見出せるはずもない。
レイプに無差別殺人にと留まる所を知らない罪は、
相応の報いでもって購われるべきだとは思うけれど、
それでも自分への言い訳やそれすら放棄したような盲信によって、
何とか自分というものを保とうとしている久我や真木よりは、
自分の欲望と歪みに素直な男の方が好ましく思えてしまった。
まあ、悩むのは他人を慮ればこそのことだと考えるなら、
悪は純粋であればあるほど苦悩からは遠くなるわけで、
悪と善の間で悶える者を見苦しいから切り捨てるのは外道のすることか。
しかしそれにしても久我も真木も言い訳が過ぎるような気がした。

組織をバックにもたない売春組織から、
生活の手段としての個人の売春、
スパイ行為とセットにされた性的な奉仕、
そして道端でのレイプ、拘置所でのハラスメントまで、
まるで権力闘争というオス的な世界と癒着しているかのように、
女たちの性は様々な形でバラ売りされる。
そのバラウリは常に自らの意思で行われるべきと考えているので、
まさにそうしている者に向かって買い手や奪う者が、
侮蔑の言葉を吐くことがなんだ滑稽でならなかった。
ただ智恵子の仕事に関しては、
彼女が諦めたという言葉を使っていることを考えると、
鷲尾が追っていた売春グループの女たちと、
同じには考えてはいけないだろうとは思う。
仕事は選択されねなbならないけれど、
彼女には今の仕事以外の選択肢があったとは言いがたいし、
選択するのに必要な知識を得る機会も十分だったとは思えない。
母親の役に立てることを彼女が誇りに思っていたとしても、
諦めることで得られる誇りなど親が子に与えていいものではないと思う。
テロとも組織的な闘争とも関係のないところで、
当たり前のリスクに首を絞められた智恵子が哀れでならなかった。

鷲尾が計画した大輪の花は、
多分その望む通りに咲いたんでしょう。
何の組織の思想にも傾倒しないこういう男を、
一体どうやったら敵として見つけることができるだろう。

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