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2017.05.05 (Fri)

オルゴーリェンヌ


オルゴーリェンヌ
(2014/11/21)
北山猛邦

広い世界を動かすカラクリは、
少女にはまだ見えない。
冷たい右手には、
掴めるものが少なくて。

壊れた自分を動かすものが、
少年にはまだ分からない。
冷えた胸にあるのは、
すでに世界に要らないものだけ。

二人の手を取って、
さあ、旅をしよう。
ミステリが死に絶えるその前に。


【More・・・】

白い紙に小さな黒い点が無秩序に打たれている。
それを線でつなげよ、ただし線と線は交わってはいけない。
そんな風な課題を与えられたとき、
二人の人間が同じ模様を描く確率は、
点の数が多ければ多いほど低くなる。
まして「全ての点を一本の線で」という条件がないことに気がつけば、
一つの点がさらに膨大な場合の数を発生させることになる。
カルテの、クラウリの、エノ、そしてクリスの、
それぞれが引いた線を眺めながら、
事件を紐解くということは元来こういうことなのかもしれないなあと思った。
完全な客観性というものを仮定するならば、
実際に起きたこと事象は一つだし、
その意味では「真実」はいつも一つという言葉は正しい。
でも自我をもつ何者にもそんなレベルの客観性は実現できない。
一番事実に近いように見えるエノの描いた画さえも、
おそらく犯人の画と同じではない。
事実は無数の物語を内包し、読む者によってそれは開かれる。
形の定まったピースをはめ込んでいくのではなく、
点と点をつなげて自由に画を描くミステリの楽しみを知った。

人の出入りが不可能な閉鎖環境で次々と人が死ぬ。
正しくミステリ的な状況下で無残な串刺し死体が発見され、
あっという間に連続殺人になり密室まで発生し、と
クリスではなくても垂涎ものの展開が続くので、
謎解きに期待しつつも、
ミステリが絶滅寸前の世界の住人にとっては、
あまりにも荷が勝ちすぎているのではないかと心配にもなった。
相変わらず他人の意思によって人が死ぬという意識が希薄ゆえに、
事故死か自殺以外の解答を避けようとするミウなどは、
この世界ではごく一般的なことなのだとは思ってはも、
やはり気持ちの悪い反応のように感じてしまった。
とはいえ、被害者が一人増えるたびに容疑者は絞られ、
気がつけばあてずっぽうでも当たるのではないかという人数になり、
これはもうクラウリかユユ以外に選択肢はないだろうし、
どちらにしろ殺意はクラウリの方にあるのだろうから、
ミステリの仕掛けの詳細は別にしてもう事件は見えた、などと、
途中から高をくくっていたけれど、見事に横っ面を張られた。
オリエント急行の殺人で反省したはずなのに全く成長がない。

カルテが登場したことにより、
少年検閲官という存在のこの世界での異様さが露わになって、
その分だけエノが何に苦しんでいるのか見えるようになった気がする。
悪意や殺意という概念が死につつある世界では、
多分、他者に対する強い思いにつける名前がとても限られていて、
普段一般の人々はそれを感じることさえなく暮らしている。
でも少年検閲官には悪意や殺意の概念があり、知識もある。
彼らが心を殺されているのは、
ミステリに関する禁じられた知識と感情が同居することをこそ、
検閲局がをもっとも避ねばならないと考えているからでしょう。
だから、エノは概念上の知識で自分の気持ちを名付けられない。
そもそも自分の気持ちなど存在しないはずなのだから、
クリスの親愛をただ受け取ることにも戸惑うのは当然で。
カルテのように任務に忠実に行動することの方が、
監視と条件付けに縛られた少年検閲官にとっては、
最も生きやすい方法なのだろうと思う。
知識の上にあるのに、自分にはないとされる心というものを、
わざわざ胸のうちに探す必要などないのだから。
けれどだとしても、少年検閲官にも心はある。エノにも、もちろんカルテにも。
エノがそれを受け止められるまで、
クリスがどんどん波風立ててやってほしい。

ミステリに限らずあらゆる書物が禁じられた世界で、
同じように人の心を動かし感情を増幅させる音楽が、
どんな扱いを受けることになるかは簡単に想像できることで、
むしろ徹底的に書物が駆逐されつつある現段階まで、
細々とでも絶えることなく続いてきたことの方が驚きだった。
でもそれも、音楽に関わる人間にとっては、
すでに滅んだも同然の終わりの見えた状況なのかもしれない。
カリヨン邸全体にただよう雰囲気はどこまでも終末のもので、
それは海墟の運命の上に、死にかけた音楽の、
また主人たるクラウリの諦念が積もっているからなのだと思う。
ユユにとってはそこは自分を生かしてくれた場所で、
帰るべき家でもあることは間違いなのだろうけれど、
言葉を話せなくてもあふれ出る勇気で輝いているような女の子には、
とても心中するのにふさわしい場所だとは思えなかった。
娘と音楽への思い、世界をこんな風にしてしまった何者かへの復讐。
自分の思惑とは全く関係なく起こった事件の全てを、
その思いの結実のように受け取ってしまうほど、
クラウリの世界はすでにユユではどうにもできない形で凍っていた。
だから、ユユが海を渡るためにクリスには彼女の手を引いてほしかった。
二人目の父への恩返しは、ガジェットの重みを形見に思うくらいで十分でしょう。
まあ整理さえつけば、多分彼女は一人でも広い世界へ出て行けるようにも思う。
白黒の少女にはその強さがある。

次にユユと再会するときまでには、
クリスにはもう少し作家志望の者として研鑽を積んでもらいたい。
密室に幽霊を想定してはミステリは成り立たない。


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