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2017.05.12 (Fri)

ダチョウは軽車両に該当します


ダチョウは軽車両に該当します
(2013/6/13)
似鳥鶏

優美なつま先が土を蹴り、
瞳は地平線から動かない。
ターンの土煙の中で、
黒い羽毛が軽やかに翻る。

ああ、ダチョウ。
強く美しい、愛すべき巨鳥。
きみが町を走る姿を見てみたい。

【More・・・】

動物園のダチョウといえば高村光太郎の「ぼろぼろな駝鳥」。
人間はダチョウを飼うのに十分な存在ではないというその詞の印象は、
動物園に行くたびに考えずにはいられないことそのものになっている。
一昔前に比べれば動物園の展示施設は、
格段に動物の性質に合わせたものに変わり、
檻の中で右へ左へうろつくばかりの動物を見ることは少なくなった。
動物園で生まれ育った個体にとっては、
世界とは、生活とはまさしくその檻の中にあるはずだから、
彼らの姿形によって想起される「自然」は幻影でしかないのも分かっている。
でも、それでも進化の果てに実現された彼らの体の機能が、
何にも縛られずに発揮されたなら、
それはきっととても正しいものに見えるだろうと思う。
そんなことを冒頭の街中を疾走するダチョウの姿を思い浮かべて考えた。
命の危険さえある状況でもダチョウの走る姿や、
その見事な羽毛に魅了されている桃くんは、
日々を動物の間近で過ごしている分だけより一層、
動物の体がもつ機能に敬意を抱いていることでしょう。
ダチョウの疾走姿勢の美しさについて朝まで桃くんと語り明かしたい。

概ね動物園を舞台にしていた前回の事件から少し離れて、
鴇先生の過去について掘り下げていくのかと思いきや、
やはり中心にいたのは動物で安心した。
まあ桃くん七森さん服部くん等々の楽しい人々も魅力の一つなので、
各人のバックグラウンドを知りたいという気持ちもあるけれど、
それでももふもふぬめぬめとげとげした奴らなくしては、
人の魅力は半減してしまうような気がする。
鳥が中心の事件はやはり鴇先生のもので、
終わってみれば、今回桃くんが事件の解決に寄与した割合はごく小さい。
桃くん自身が寂しさとともに考えているように、
何もしなくても鴇先生は一人で真相に辿り着いただろうし、
解決するための手段も十分に講じていた。
でも一人では、ダチョウを捕まえようとすれば無傷ではいられない。
最初は役に立てなかったとしても、
二回目は見事にあの巨鳥を止められたのだから、
そのとだけでも桃くんは誇っていい。
それにもしも今回何もかも一人で片付けてしまっていたら、
鴇先生は新しい孤独を抱え込むことになっていたようにも思う。
過去のせいで仲間を危険にさらし、それを誰の助けも借りずに終わらせたら、
自分は一人で立っているしかないのだと信じてしまったかもしれない。
大きな助けにはならなかったとしても、
心配して、助けようとしてくれる人間がいることを知ることには意味がある。
鴇先生が良い職場を見つけられて本当に良かった。

獣医学科を出たあとに就職した先で結城のような男に出会って、
そのとき鴇先生がどんなことを感じたのか、
本人の口からは語られていないけれど想像することはできる。
試験というふるいによって自分の近い性質の集団を獲得していった後、
社会に出た途端ごった煮の中に戻されてしまったような戸惑い。
人に伝える術も言葉ももたない自分への失望。
そういうものを鴇先生も感じたのではないかと一瞬思ってしまったけれど、
先生ほどの人ならそんな驕りと劣等感の混合物のようなものを、
自分の中に育てたりはしないかと思い直した。
頭もきれて腕っぷしもあって、
それでも自分の信じる正しさで戦わせてもらえなかったとき、
先生は失望し、怒りを抱いたなんてことはなく、
案外ここは違う場所だと判断しただけなのかもしれない。
前の職場を避ける態度は単に結城が嫌な男だから、
今の仲間に引き合わせたくないという本当にそれだけのことだった。
あの会社が抱える病巣は深刻なものではあるけれど、
北斗くんが言う通り、業界全体がそうだということでは多分ない。
仕事と人に対して誠実でさえあり続ければ、
優しい後輩や応援してくれる人との繋がりもなくなったりはしない。
鴇先生に惚れている身の贔屓は自覚している。

人獣共通感染症はその動物が人の生活に身近な存在であればあるほど、
社会全体に対して致命的な事態を引き起こすことになる。
狂犬病を駆逐するために、暮らしの形を変えることが必要だったように、
一つ手を間違えば、社会の崩壊を招く可能性もあるわけで、
つまりそれを望む者にとっては、
動物で媒介される感染症は十分凶器になるということなのだと、
檻の中に閉じ込められた羽毛の生えた凶器を前に思った。
現実にはまだ狂犬病レベルの事態は起こっていないけれど、
養鶏場や野鳥から鳥インフルの感染例は出ていてる。
全頭処分は養鶏を営む人々の生活を破壊する。
服部たちが計画したことには思想的な部分は皆無だった。
でも、凶器にされる鳥、感染する者、その余波を受ける者のことを考えると、
人獣共通感染症を故意に拡散させることは、
間違いなく社会全体を相手にしたテロに他ならないと思う。
検疫場で、野山で、農場で、研究室で、
懸命にその侵入を食い止めている人々に対する侮辱でもある。
服部はダチョウに蹴られて骨の二、三本でも折れば良かったのに。
いや、あの美しい鳥にそんなことをさせるのも忍びないか。

変態と名高い服部くんが、
一体どの種の変態なのか少し分かってきた気がする。
桃くんにはぜひそのままでいて彼を楽しませてもらいたい。

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