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2017.05.20 (Sat)

ぼくのともだち


ぼくのともだち
(2013/7/2)
エマニュエル・ボーヴ

友達はいますか。
その人はあなたを大切にしてくれますか。
どんな頼み事も快く聞いてくれて、
寂しいときはいつでも傍にいて、
あなた以上の友達などいない。
そんな人ですか。

友達の定義から話し合おうか、バトン。


【More・・・】

友達の数はおそらく多い方ではないと思う。
一人が嫌だからと言って人を誘うような習慣もなく、
特別必要もなければ何も考えずに一人で行動することも多い。
でも、友達はいる。数えるなら指を折らねばならない程度には。
彼らとどうやって友達になったのか、
その最初のエピソードはもう忘れてしまったけれど、
忘れられるくらいだからそう特別なことはなかったのだろうと思う。
寂しくて友達が欲しくて街をさ迷うバトンを見ていると、
もしも今ある人との関係を全て断ち切られたなら、
もう一度数えねばならないほどの友達を作ることは、
恐ろしく面倒で心の荒むことなのかもしれないとぞっとした。
成人して社会に出てしまえば、
席が隣だとかたまたま組まされて作業をしたとか、
そういうきっかけで友達を作ることはできない。
大人には大人の機会がいくらでもあると言えばその通りだけれど、
バトンのように貧しいながら仕事をせずとも暮らせる人間が、
寂しさを埋めるために友達を作ろうとするなら、
一体何から始めることが正解なのだろう。
それが分からない者は多分、いつでもバトンのようになり得る。
路面電車で乗り合わせた人にさえ無根拠の親しみを覚え、
その度に「裏切られる」バトンを憐れんでいる場合ではない。

バトンの寂しさの大元は体が少し不自由であることや、
どこにも余裕のない生活などではなく、
多分、軍に行く前から抱えていたものなのではないかという気がした。
彼の軍生活もそれ以前のことも語られてはいないけれど、
軍という集団に属していたあとにも関わらず、
そこでの「友達」の話もそれ以前の人間関係の話も、
一切出てこないことを考えると、
今のような生活に入る前から、
バトンは友に飢えていたのだろうと想像してしまう。
むしろ集団に属することを渇望していたからこそ、
軍人になったのではとまで考えてしまった。
でも時代背景を考えればバトンの従軍は、
徴兵によるものだったはずで、さすがに邪推だった。
節目の行事に風邪を引いてしまった子供のように、
バトンが負傷のせいで「戦友」を作ることができなかったのだとしたら、
それは不運なことだと捉えるべきでしょう。
ただこれまでもずっと現在のような考え方でもって、
人と交流をもとうとしていたのだとしたら、
そもそもの最初、友とは何かというところから、
バトンは大きく世間とずれてしまっているように思う。
バトンが探すべきは仕事でもまして友でもなく、
優しく腕の良い医者なのかもしれない。

そんなバトンもだからと言って運に見放されているわけでは全くない。
馴染みのカフェはあるし、ろくでもないながら声をかけてくる者もいる。
見ず知らずの男に仕事を世話してもらうなんてことさえあったのだから、
友もなく仕事もないと嘆く資格はバトンにはない。
それらのチャンスをことごとく台無しにしたのは、
どう優しく捉えるとしても、バトンにしか責を負うべき人はいない。
そうやって次々と友達作りに失敗していく男を追っていると、
その言動にイライラするのはどうしようもなかった。
そして気がつけば、段々と次はどんな失敗をしでかすのかと、
途中から残酷な楽しみ方をしてしまっていた。
寂しさを自覚し、人との温かな交流を求めるくせに、
自分に甘く他人に高望みし過ぎる男の姿は滑稽で、
どれだけ酷い目に遭えば目が覚めるのかと思ったりした。
そえでも服の染みやささいな人の動き、変化に対して、
極度に敏感な所を場面場面で見せられると、
自己認識を間違いまくっている男でもその寂しさだけは、
本人が思っている通り、本物なのだという気がした。
冷え切った部屋でベットに潜り込むとき、
男は確かにアパートの誰よりも一人きりだった。

働かないことは法律上は何の罪でもないし、
一日中家にいることと頭の中で何を考えているかは関係がない。
そもそも働くということは自分の時間と労働に費やすことで、
その対価を得るという、いわば単なる交換の式であるはずだと思う。
貢献を目的とした労働はボランティアと呼ばれ、
お金の代わりの交換品として満足感等を受け取ることになる。
時間をお金に換え、お金で生活を作る。
そこで買う物やサービスは他の誰かの労働で成り立っている。
無数の交換の式で出来ているのが社会で、
そこへの貢献なんてものは交換の機械的な冷たさを、
個々人が受け入れるためのちょっとした着ぐるみでしかない。
だからもしバトンのアパートの住人が、
彼が働いていないことを非難した理由が、
社会への貢献度の低さを、
そのまま人格の非社会性と考えてのことだったなら、
それはとんだ不合理だと思う。
まあ友達探しの動向を見る限りで言えば、
バトンが社会に適合しやすい性格をしていると言いがたいけれど、
それでアパートを追い出されなければいけない謂われはない。
その点に関してだけはバトンのことを擁護してやりたかった。

対等な友達を求めながら、
常に他人が上等か下等かを見極めずにはいられない。
バトンの姿はやはり他人事ではない。

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