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2017.06.04 (Sun)

赤と白


赤と白
(2015/12/17)
櫛木 理宇

世界は雲で覆われた。
この町の冬は、
白と黒だけで作られる。

炎と血の夜を越えるため、
少女たちは走り出す。
春はまだ、遠い。


【More・・・】

一番大切な友達であっても何もかも話すわけではない。
大切だからこそ自分のために汚したくないし、
聖域のように思うからこそそのままの姿で守りたい。
お互いの胸の内や家の中に踏み込み合うことは、
友情の何かを証明したりはしないと思う。
だから小柚子が母との関係を弥子に話せなかったことも、
弥子が自分の鬱屈を見せないように振る舞っていたことも、
彼女たちの友情を偽物にしたりはしない。
とうとう助けてと口にすることはできなかったけれど、
小柚子の心を正気の側に繋ぎ止めていたのは間違いなく弥子で、
状況さえ許せば、弥子がそうしたように、
小柚子も友の家へ走っただろうと思う。
互いを互いの最後の砦としながら、
その砦を背にして一人は討ち死にし、
もう一人はぎりぎりのところで生き残った。
武器も持たず、戦う術も知らない少女たちは、
堪え忍び、逃げることでしか生き延びられない。
その時代を大過なく過ごしたことは、
とてつもない幸運なのかもしれない。

それぞれが家庭に問題について誰にも言えない苦しさを抱え、
それでもなんとかやっていた二人の少女の前に、
過去の傷を知る幼なじみが戻ってきて崩壊が始まる、と書くと、
崩壊の原因が京香にあるように見えるけれど、
小柚子が変調をきたすそもそもの傷は、
彼女が7歳のときから治らないままだったのだと思う。
京香が戻る前から小柚子は隠れて飲酒を繰り返していたし、
男性性に対する嫌悪と恐怖もずっと残っていた。
理性では百香であるはずがないと分かっているのに、
京香の姿に、そして苺実の振る舞いに、
秘密を共有した少女の影を見てしまうほど、
彼女にとって過去の傷は全く過去になっていなかったということでしょう。
京香が戻ろうと戻るまいと、
小柚子が酒に溺れていくのは時間の問題だった。
もしもその時弥子が友として、あるいは「普通」の偶像として傍にいたなら、
小柚子は踏ん張ることができたのかもしれないけれど、
そのことで京香や弥子を責めるのは筋違いというものだと思う。
もちろん、炎と酒に飲み込まれていった彼女にも、
過去の傷については何の咎もない。
憎むべきはと考えながら、想像の中で名なしの男の顔を踏みつぶした。

小柚子が過去の傷を意識するきっかけになった京香自身は、
弥子や小柚子が嵐の真っ只中にいるのに比べると、
すでに凪いだ場所に一人で立っているように見えた。
おそらく彼女にとっての「あの夜」は、
姉が昏睡したあと、兄が飛び降りたその日で、
彼女は生き延び、今はそこから遠い場所へ行くために、
準備に入っているような状態なのだと思う。
関口くんや他の似た境遇の子供たちと傷を確認し合うのも、
本当に死や癒やし、あるいは許しを求めてのことというよりは、
完全に切り離して置いていくために、
荷物の大きさを確認するための行為と捉えた方が、
京香という子の印象には合っているような気がした。
みじめな子供だった自分を知る幼なじみと再び交流をもっても、
彼女の芯はもはや揺さぶられることがないほど確かな地盤を得ている。
弥子と関口くんの仲を取り持つようなことをする余裕さえあって、
その辺りの違いに弥子が気付いて怒るのではないかとひやひやもしたけれど、
京香の伸びた背筋を見ていると、
いつか子柚子と弥子もこうなれたらと願いたくなった。

小柚子、弥子、京香に共通する苦しさは、
自分が親に望まれない子供だという感覚で、
それ自体は年齢を考えればよくある悩みだろうけれど、
彼女たちにはそれを疑うことなどできない、
確信するに十分な経験と時間の蓄積があって、
実際外側から見ていても彼女たちの個性というものが、
その保護者にとって重要だとは言えないことは確かだと思う。
お荷物としての娘、保険としての娘として親に扱われることは、
個が最も繊細に伸びていく時期の少女たちには致命傷になり得るし、
そうでなくとも子供に浴びせて良いものではない言葉を、
彼女たちの親は日常的に使っているのだから、
彼らに擁護すべき点は全くない。
でも、雪に閉ざされた町の、その山の向こうの世界にでもいい、
あるいは町の中にある人と人の間にでもいい、
少女たちが親や家族に背を向けられる場所を想像できていたなら、
どの子の結末も違うものになっていたように思う。
雪は溶けるし、山は越えられる。海だって渡れる日がくる。
彼女たちと同じ雪と曇天の町に育った者として、それが残念でならない。

血縁が濃ければ濃いほど、移植は成功の可能性が高い。
ただ、赤の他人の善意や偶然に還元できないからこそ、
より一層家族間の移植にはケアが必要なのかもしれない。
その難しさに考え込んでしまった。

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