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2017.07.01 (Sat)

科学者18人にお尋ねします。宇宙には、だれかいますか?


科学者18人にお尋ねします。宇宙には、だれかいますか?
(2017/2/22)
佐藤勝彦 , 縣秀彦

数ある銀河の一つ、天の川銀河。
その端っこにある太陽系。
その衛星群のやや恒星よりにある星の、
陸地部分に私たちは暮らしている。

宇宙人が来てくれたなら、
遠路はるばる、ようこそと迎えたい。

【More・・・】

どうやら世界はあの田んぼの向こう、あの山の向こう、
そしてあの星の向こうまで広がっているのだと知った頃、
宇宙人はいると確信していた。
その広さも知ることができないほど広い場所で、
こんな風に生活する存在が自分たちだけなんてことは有り得ないと思った。
けれどやがて地球という星に備わっている諸々の条件が、
どうやら我々のご近所の宇宙では稀有なものだと知り、
宇宙人はどこか遠くにはいるかもしれないけれど、
我々の方からそれを見つけるのは不可能なように思われてきた。
そして、もう一度反転が起こる。
異星の命は地球と同じ基準では定義できないかもしれないという視点。
酸の海や極端な高温・高圧は地球の生命には致死的だけれど、
体が炭素や窒素以外のもので構成されるなら、
いや、体という物体なしでも個が定義されるなら、
この星とは全く異なる環境にも生命は探し出せる可能性がある。
自分に似た宇宙人がご近所にいないとしても、
それを命と定義できるなら「隣人」がいる可能性はそう低くない気がする。
そんな風にぼんやりと変遷を重ねてきた「宇宙人」観は、
編者が用意した問いによって、あっちへこっちへ再び揺さぶられた。
空を見上げて、誰か、と呟くセンチメンタル。
それに対する最も理知的な応答群がここにある。

アストロバイオロジー、宇宙生物学の近縁にいる科学者18人に対して、
同じ9の質問に回答して貰ったものをまとめた一冊で、
これだけでこの耳慣れない学問の入門書として機能するように思う。
問いがごく平易な形になっているのに対応して、
答えの方も噛み砕いた言葉になっている上、親切な注釈まであって、
特別前知識がなくても科学に触れる楽しさを味わえるよう、
全体的に細かく配慮がなされている。
そもそも「宇宙人」でも「知的生命体」でも、
その言葉を科学者の先生方に投げかけること自体が、
科学に興味があるだけの知ろうとには心理的な障壁がある。
そんな言葉を使ってしまった時点で、
科学の領域から弾き出されてしまうのではないかというような、
まあ大変つまらない自意識なのではあるけれど、
そのせいで真ん丸の瞳をもつ子供のようには質問することができない。
けれども、気になる。宇宙人は、地球の外に生命はいるのか。
そういう訳でタイトルにもなっているような真っ正面からの問いかけを、
こんなにも大胆に、しかもまとめて沢山の先生方にしてくれるというだけで、
とても贅沢な一冊であるように思った。
職員室や教授室へ行けばいつでもその質問ができた時代は、
本当に貴重なものだったのだとまた同時に思い知る。

回答者の専門分野の紹介から入りはするものの、
各設問には特別な制限、たとえば最新の成果を云々、はついていない。
知的生命体等の言葉は使っていても、
問いの核は本当に小さな子供が「先生」に向ける問いと同じ。
従って、先生方の答えも問いの受け取り方次第、
また誰を質問者として想定しているのかという点も幅があって、
教科書的な定義の解説から入る方もいれば、
自分の過去の経験や哲学を出発点に置く人もいる。
もちろん同じ問いに対する答えの内容も180°違うものになることもある。
地球外で生命が見つかりそうな場所として挙げられた衛星が、
次の回答者に全否定されることさえあって、
同時にフリップで回答している訳ではないとは分かっていても、はらはらしてしまった。
とはいえ、隣り合った研究者同士が成果で殴り合っているというのは、
その分野の開拓の余地、議論の可能性を物語ってもいるのだろうと思う。
たとえ今でも「宇宙人」がトンデモ科学の言葉だとしても、
「外銀河の、ある衛星に見つかった生命の痕跡の可能性」は、
すでにちゃんと科学の中に場所を得られるようになっている。
日夜の論文での殴り合いがそれを可能にした。
これだから科学から、またそれをやる方々から目が離せない。

宇宙や生命に目を向けている、という大枠の共通点はあるものの、
研究者一人一人の関心の焦点はほとんど重なっていない。
深海、ウイルス、可視の宇宙、不可視の外銀河、そして生命の始まり等々。
それぞれの分野で今「熱い」議論の中心については、
先生方の回答内容や巻末で紹介されている著作にお任せするとして、
9の質問の中で最も各人の色が出て興味深かったのはQ.8。
「人類は、太陽系を越えて天の川銀河に広がりうる生命でしょうか?」
その研究分野に目を向けるようになる関心の原点が、
どんな科学者にも多分人生のどこかにあったはずで、
それと、科学云々よりむしろ人間観を問うているQ.8は深く関わっているように思う。
関心があって研究をし、研究の中で関心が変化し、
それはやがて哲学として確固とした形をもつようになり、
哲学は研究を進める上での基本的な羅針盤になる。
「人類は…」で始まる問いはそれを如実に見せてくれる。
そんな風に考えると宇宙の普遍を問う科学は、
人間が興味本位で作ったものなのだと思った。
作った、という言い方に語弊があるなら、見つけた、でもいい。
研究というやつは、地平線まで続く荒野に、
シャベル一本を突き立てて何かを探すようなもので、
宇宙の端っこに住みながら彼方を見つめるなら、
そのことと向き合わずには進むことができない。
広がってはいけな、いや、いつかは広がるなどと答える科学者たちの、
そのシャベルの形にこそ、私は興味があるのかもしれない。

論理的で、プレゼン能力もあり、おそらく複数の言語を操る科学者たち。
平面だったり劇画調だったり写実的だったり。
その絵心の在り様に人生を垣間見た気がした。

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