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2017.07.29 (Sat)

彼女が家に帰るまで


彼女が家に帰るまで
(2016/4/20)
ローリー・ロイ

彼女は家に帰らない。
彼女は家に帰りたくない。
彼女は家で帰りを待つ。
彼女の家は変わり果てた。

通りに並ぶ家、家、家。
彼女たちの幸も不幸もそこにある。


【More・・・】

山狩り、というものが地域で行われたことがある。
逃亡者を捕らえるためのそれと、
行方不明の子供の捜索ではかなり雰囲気が違うだろうけれど、
隣人同士が連携して地域の安全を守る、
全員が一人のために動くという点では似た部分もあると思う。
それまで特に地域という枠の中にいる意識はなかったのに、
集団下校が行われ、各家の親たちが早く帰宅し、
警察と消防団の打ち合わせが深夜まで続き、という事態になって初めて、
隣家のおじさんも地区名簿でしか知らないおじいちゃんも、
子供は無条件に守るべきと考えてくれる人なのだと認識した。
家族の外でも、私は確かに守られていた。
エリザベスを探すオルダー通りの家々には、
それぞれの思惑や秘密がこれでもかと渦巻いていて、
純粋に彼女を心配しているだけだとは言えない。
それでも彼女に酷いことが起こっていればいいと考えた人はいないし、
哀れな父親を疎んじていた人もいなかった。
大人になることのなかったエリザベスも、
守られるべき者としてちゃんと思いをかけられていた。
そのことが父親の救いになってくれたらいいと思う。

エリザベスの失踪をきっかけにして、
オルダー通りの住人が持っていた疑惑の種は一斉に育っていく。
夫の不倫、いや夫が犯罪者である可能性に怯える妻がいて、
その妻の殺人を疑う夫がいる。
黒人のグループが全ての元凶だと信じる男の隣家では、
子供の死を乗り越えられずにいる夫婦が息を殺し合っているし、
その養い子である双子は「悪いもの」の存在を誰よりも知っている。
自分が受けた傷と罪悪感に苦しむ妻がいて、
同じ傷を抱える女たちがパン生地を延ばしている。
その秘密の交錯っぷりを見ていると、
オルダー通りはなんていう場所だろうと思ってしまうけれども、
住民の、しかも最も庇護すべき女性の失踪なんて事態が起きなければ、
疑惑は疑惑のまま、もう数年は保ったのかもしれない。
何もかもが一度に起きたことによる衝撃はあっても、
更に数年分の積み重ねの果てに崩壊するよりは、
穏便に過ぎた面もあるように思う。
それぞれに狡さをもちつつも基本的には親切で優しい妻たちが、
誰一人死なず、殺さずに済んでとりあえずはほっとした。

1950年代の米国、中産階級の街の景色は、
働く夫と家を支える妻、地域の催しや慈善活動と、
男女の垣根を取り払ったり家族の多様性を叫ぶなんてことは、
誰一人その必要を感じないほど、
コピー&ペーストの家庭が連なっている。
この時代の不満が後の様々な社会運動に繋がっていくのだとしても、
地域の単位で見れば、オルダー通りには幸福が満ちているように見えた。
妻たちは手間のかかる料理や選択に手間をかける余裕があり、
夫たちは分単位で変わることのない出勤と退勤を繰り返す。
それで経済的には十分にやっていけて、ちょっとした夢も描ける。
妻たちが作る料理や日常の細々とした作業の描写のたびに、
エリザベス失踪以前のなんてことない暮らしを覗けたらいいのにと思った。
マリーナが怯えながら夫を愛しているフリを続けていることや、
疑惑が世界の全てのように思い詰めてしまうことの原因が、
そもそも夫なしには生活が成り立たないことにあるという見方も理解できるし、
彼女たちが経済的に自立していたら、
それぞれに全く異なる選択肢もあっただろうとも思う。
でもそんなことを彼女たちに言っても意味はない。
夫と作る家庭の幸福を彼女たちは知っていて、
彼女たちが欲しいと、取り戻したいと願うのは、
他の何かではなくそれなのだと思う。
秘密を守ること、あるいは秘密を探ることで、
それに手を伸ばす妻たちは、正しいように見えた。

妻たちの悩みに比べると、
夫たちは一様に仕事とエリザベスの心配だけをしているように見えて、
自分の妻が疑惑をもっているということにさえ、
愚かにも気がついていないのではないかと思っていたけれど、
男達もそれぞれ悩みながら「夫」として振る舞っていたのだということに、
ビルが死んだ赤ん坊への思いを吐露して初めて気がついた。
多分妻たちが考えるほどには、
夫は家の中のことを見ていないわけではないのだと思う。
ただ家を守るためにすべきことは外にあると考えるからこそ、
仕事のために家を空け、治安のために敵を探す。
その任務が達成されさえすれば、
家庭の問題は解消すると思っている点では、
オルダー通りの男たちはやはり家庭というものからずれている。
けれどそれは、夫との関係さえ順風であれば、
地域の問題も自分の中にある問題も改善すると考える妻も同じでしょう。
残念ながら、家も人間関係もそう単純な相関で成り立っているわけではない。
全ての原因なんてものは最初からないし、
もちろん全ての解決策だってどんなに探しても見つからない。
ややこしくこんがらがって面倒な問題を、
一つ一つほぐしていくことでしか望むものは得られないなんて、
考えるだけで嫌になるから、たった一つの何かを探したくなるのも分かる。
取り返しのつかないものを失う前に、
それが愚かなことだと気がつくにはどうしたら良いのだろう。

双子から見てもオルダー通りの不穏さは明かだけれど、
事件の後、日常を取り戻そうとする力も強く働いている。
二人がこれから育っていく場所に二度と悲劇が起こらないよう願っている。

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