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2017.08.07 (Mon)

マボロシの鳥


マボロシの鳥
(2010/10/9)
太田光

白い。とても白い。
どこまでも白い。
この世界は真っ白だ。

爆発は続く。
希望を四散させて。


【More・・・】

人類が絶滅する理由を考えるなら、
核兵器を持った者同士の戦争か、ウイルスによるパンデミックか、
あるいは今日明日という話なら隕石の衝突といったところか。
回避の手段がない最後以外は、
事態が発生すれば生き残りのために当然様々な動きが発生する。
最初の一撃によって集団としての動きが不可能なほど、
社会が破壊されてしまったなら、
生存は個人の努力に限られることになって、
まとまった動きは環境が改善されるまで出てこないかもしれない。
そんなところが想像し得る「絶滅に向かう人類」の風景なのだけれど、
奇一郎に演説を依頼した人類は、
一体何が原因で絶滅を確信する事態に陥り、
どうしてその解決策として一人の天才に頼ったのか。
肝心のその演説を聞いてもよく分からなかった。
何やら各地で戦争が起こりまくっているようだけれど、
にも関わらず主要国のリーダーたちは、
一同に会して演説を見守るような余裕があるし、
演説を全世界に同時中継できる程度には、社会は正常に機能している。
リーダーたちが抱いている危機感の正体が分からないから、
奇一郎の演説がどこへ向かって発せられているのかも判然としない。
演説も危機も更なる展開への布石なら、
これから面白くなるところ、をこそせめてほのめかして欲しかった。
一冊全体が概ねそういう印象で、消化不良感を処理しかねている。

「マボロシの鳥」や「人類諸君!」では、
直接的な関係をもたない世界の間で、
それでも異なる世界を繋いでいるものがある、というようなことが示される。
同一の世界線で時間を越えているというところを考慮しなければ、
「タイムカプセル」も同じと言えるかもしれない。
生涯決して相まみえることがないとしても、
自分の選択や無意味に思えるものが、
どこかで誰かに影響を与えているかもしれないと考えることは、
希望でもあり、恐怖でもある。
世界の垣根も視点の制限も越えて自由に語れることが、
肉体を持たない物語というものの強みだとするなら、
読む者としてはその希望と恐れに具体的な姿を望みたくなのだけれど、
「マボロシの鳥」の美しい小鳥はそれを教えてくれない。
小鳥が逃げたことで、あるいは手放したことで、
遠い世界で別の物語が進行したという意味では、
因果は確かに繋がっているということは納得できる。
ただ、そこには人間の意思の力が希薄で、
タンガタが鳥を得たこともその決意も、偶然の域を出ないように見える。
多分、小鳥という明確な共通項があるにも関わらず、
すっきりとした答えを見せてくれないがゆえに、
何かはぐらかされたような気になってしまうのだと思う。
世界を繋ぐ因果に意思の力の関与を求めることが、
無粋で狭量な望みだということは分かっている。
それでも、惜しい。

「魔女」で描かれる迫害の様子は惨たらしい。
疑いが事実に変わり、恐怖が善意を駆逐していく様は、
魔女裁判を扱った話では定型のものではあるけれど、
タバサとその母の両方が、死そのものよりも、
自分の好きなものや信じるものを裏切ることを恐れるというのが、
無残に殺されていった罪なき「魔女」という像から外れ、
この時代の女性に対してもっていたイメージからもずれて新鮮だった。
こうやって死んでいった人もいたのかもと思うと、
より一層、火あぶりと歪んだ歓声の描写に吐き気がする。
いくら体を傷つけられても心を変えることはできないという信念は、
美しく尊いものだとは思うし、
そう思えばこそ避けられない暴力に耐えられるものなのかもしれない。
タバサ自身は母の最後の態度を恐ろしい記憶にしているようだけれど、
あの状況で、娘に愛していると伝えられる強さは、
そう持てるものではないだろうと思う。
でも、その言葉や態度が、娘を長く生かす上で有効だったかと言えば、
そうではないような気もしている。
強さや美しさが、そのまま魔女の証明になる世界では、
出る杭にならないことが何より重要なはずで、
母は自分の信念に殉じ、娘にもそうあって欲しいと望んだけれど、
もしも母が「何をしてでも生き延びよ」と遺言したなら、
処刑のあとのタバサの心持ちは別物になって、
外見の美はそれに隠すことができたかもしれない。
母の言葉は、いつの時代も致命的な呪いなのか。

ある世界の、ある場所で、という寓話的な語りが多いなかで、
「冬の人形」だけは現代の日本を舞台にした、
家族というごく小規模の枠組みの話で、
分量としても全九篇の中で一番短い。
父の通夜の日、娘が古い思い出と向き合うだけの、
派手なところのない話なのだけれど、
死者の言葉を代弁しようとする家族に対する嫌悪感や、
死んでしまったことを認めた瞬間の激痛が、
静かな展開とは相反して印象深く頭に残った。
娘にとって父親というものはいつもどこかちぐはぐで、
ぴったりと通じ合うと感じられるような父子関係など、
どこにもないのではないかとさえ考えてしまいがちだし、
多分父親の方でもそう思っているのだろうと思う。
でも、ふとふくらはぎの形を見たとき、
行こうと思っている店の開店状況を調べない癖に苛ついたとき、
同じ部分をもつこの人は私の父親なのだと実感する。
冬子は父の遺体の枕元で、それに突き当たった。
そんなことにはならないよう、冬子の慟哭をよくよく胸に刻んでおきたい。

希望を書く人なのだと思っていたけれど、
「タイムカプセル」の無残さに認識を改めた。
次の話にはまた意外を期待している。

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