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2017.08.24 (Thu)

さあ、地獄へ堕ちよう


さあ、地獄へ堕ちよう
(2014/8/23)
菅原和也

ピアス穴を安定させるには、
結構な時間と手間暇がかかる。
生まれたままの形へと、
体は勝手に戻ろうとする。

でもちゃんと手入れをすれば、
穴はもう塞がらない。
どんな形で生まれたかなんて、
忘れられるほど些細なことなのだ。

だから、さあ改造しよう。
あなたがその体を気に入らないなら。
あなたの体は、あなたのものだ。


【More・・・】

誤ってカッターで手をざっくりとやった瞬間、全てがコマ送りになった。
ジッパーを端からゆっくりと開くように皮膚が裂け、
その間からみっしりと並んだ白い粒々が覗いた。
粒々の気持ち悪さにぎょっとしているうちに、
血が粒の間を水のように満たし、直後視界が暗転した。
傷は3針程度の小さなもので、出血も大したことはなかった。
それでも血に驚いて目を回し、
しっかり救急に運ばれた思い出だけで、
それ以降、自分に刃物を向ける度胸は完全に削がれた気がする。
自分の内側に詰まったあの粒々を二度と見たくないという思いが、
痛みに対する恐怖よりもずっと強い。
自らに傷を刻み、改造を続ける人々を見ていて、
困惑や嫌悪感を抱く前に、ただ単純に感心した。
彼らは生まれたままの自分の体を拒絶しても、
それを改変する時に現れる血や脂は肯定している。
自分の内側にあるどろどろやぬめぬめを、
当然のものとして受け入れている。
今の姿から化け物じみた形に変わることを願って、
刃物や針を自らに向ける人々は、
ただ漫然と自分の体の気持ち悪さから目を逸らす人間よりも、
ずっと真摯に、肉体というものに向き合っているのだと思った。

SMのSはサービスのSとはよく言ったもので、
需要を読み取り適切な供給を行うことができないなら、
Sを標榜する資格はないだろうと確かに思う。
女王様の可愛いM嬢として働くミチは、
別段痛みや支配に快楽を覚える性質ではないけれど、
SとMの関係に必要なものを頭で理解しているからこそ、
仕事としてのMの役割を十分に担うことができる。
その辺りの仕事ぶりを見ても、中盤以降の調査の様子を見ても、
ミチは本人が自嘲するほどには鈍くはないように思う。
命の危機に対する反射神経もあるし、
やると決めたら吐きながらでもやりきる根性もある。
まあ、常にアルコールと処方薬をキメての行動なので、
それがその時ミチが正気だったかどうかは甚だ疑わしいけれど、
数々の修羅場を乗り越えて生き延びたのだから、
その力だけは本物だと言えるでしょう。
殺し屋になれるという脚切りの見立ては、
ミチの生命力がもつ、「他者を殺してでも」という部分を、
「他者を殺したい」に身勝手に読み替えた上で、
過剰な期待をかけているだけのもので、
本人の述懐を聞く限り、ミチは殺し屋などには絶対になれないと思う。
心身共にどん底にいても、自分を傷つける方向へいかなかった人間が、
死にたい人を殺してやることに意義を見出せるとは思えない。
脚切りは求人をもう少し考えてやった方がいい。

拒食症の女性が空っぽの体にされ、タミーが目を綴じられた時点で、
誰がどうやってという部分は別にして、
この死に方は死者の願ったものなのだということは自然と飲み込めた。
殺した者が殺され、被疑者死亡のまま送検というラインも引きやすい。
ただ、その循環から明らかに外れているのがリストで、
ミチも彼女を無理に物語に組み込もうとした結果間違ってしまった。
別にリスト本人がそうしてやろうと目論んだわけではないけれど、
良くも悪くも人への影響力が強すぎるのは考えもの。
タミーへの思いがあんなにも真っ当な友情でなかったなら、
ミチはムラサキくんを殺すこともなければ、
脚切りのところで大の男を窓から落とすこともなかっただろうから、
ミチの暴走の責をリストにだけ求めるのは筋違いか。
何にしろこの一連の狂騒的な勘違い劇の一番の被害者は、
怪しいサイトに登録していただけで素人拷問を受けて死んで、
希望もへったくれもなくバラバラにされて捨てられたムラサキくんだと思う。
人殺し同士で手に手を取って逃げ出すラストは爽快だけれど、
二人にはたまには哀れな彼のことを思い出して欲しい。

美しい肌を冒す病を隠すためのタトゥー。
手足や目が本来あってはいけないものだという強迫感。
痛みを快楽に変換する生来の脳神経。
体を改造し痛みを求める人々には誰しも個別の理由がある。
頭がおかしいと言って切り捨ててしまいたくもなるぶっ飛んだ理由だとしても、
彼らの衝動は大抵は自分の中で完結している。
そこが人を殺したくたまらないような人間との大きな違いで、
また、リストと彼らを隔てる部分でもあるのだと思う。
愛しているから痛みを与えるというリストの理屈は母に由来し、
彼女はそれを自分にも他人にも実行し続けることで、
母を、切り裂かれ焼かれた手を、肯定しようといる。
そうやって自分の外側に傷を生む装置を置いているからこそ、
リストは自分を改造する人々を時に強く惹きつける死の方向へは、
決して向かうことがないのだろうと思う。
何かと関係することに対して、それが身勝手なものであれ、
愛と呼べるものを見出しているということは、
世界を肯定しているということに他ならない。
ミチに再会したくなかったと言って急ぐように死んだタミーに、
もっと早くミチには再会して欲しかった。
もう少し時間があれば、ミチはタミーの恐怖を和らげられたかもしれない。
すでにそれぞれが傷だらけなのに、
その上に傷を重ねることになりそうなミチとリストだけれど、
間に合わなかった友の分も存分に、
どうか末永く関係していってくれれば良いと思う。

手に残った小さな縫合痕は、
確実に生来のものではないのだけれど、
今はもう傷のある手こそ完全に感じる。
生まれたままの姿が正しいとは限らない。

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