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2017.09.04 (Mon)

ギンイロノウタ


ギンイロノウタ
(2013/12/24)
村田沙耶香

自分の価値がいかほどかは、
自分自身で決めればいい?
そんな馬鹿な。
だって、だって、あの子は、あの子たちは。

少女の体で化け物は育つ。
臆病な心は良い餌だ。

【More・・・】

魔法少女に憧れ損なっていた頃、
最も惹かれて病まなかったのは四つ足の獣だった。
尾が欲しくて腰からヒモをぶら下げて歩き、
いつ変身の時が来ても良いように四つ足で走る練習をした。
苦しいだけなのに下を出して息を整えようとし、
野の草や土を飲み込んで腹を鍛えた。
書き連ねてみるとどうかしているとしか思えない子供なのだけれど、
同じようにどうかしているとしか思えない秘密の押し入れで、
ステッキとの愛を育んでいる有里を見ていて、
成長と将来というものへの巨大な希望、
それを待ちわびる渇望の苦しさをまざまざと思い出した。
あの頃の私も有里も、望んで居るのは価値ある自分ただそれだけで、
有里にとって価値の象徴がパールちゃんを見る男達の目であるように、
私にとってそれは人より強く美しい獣の体だった。
有里は体の成熟に、私は変身の魔法に望みを託していた。
それでなければ、今の自分に社会に見合う価値を見出せない。
内気で、人が当たり前にやっていることにいちいちつまづいて、
弱々しい少女の体しかもたない自分に耐えられなかった。
安売りしようと決めた彼女の決意も、当然の帰結として受け止めた。
だから赤津への憎悪が加わりさえしなければ、
有里はやがてステッキを忘れ、押し入れを片付け、
ただ当たり前に望んだものよりも少し劣った大人になったと思う。
愚かな教師というものは、愚かなただの大人より何倍も罪深い。

有里が自分に価値を見出せずにいるのは、
ひとえに強迫的で有里によく似て臆病な母のせいだけれど、
少なくとも結婚して子供をもつことはできたのだから、
母は子供の頃からあんな風だったわけではないのだろうと思う。
いや、有里が失敗した安売り、あれに類する何かの結果が、
有里であり今の家庭なのだと仮定すれば、
やはり有里は正しく母の相似形だということになる。
同時に、父がなぜあんなにも妻と娘を拒否しているのかということにも、
胸くその悪い説明がつくことになるわけで、
いや全く性格の悪い推測をしてしまった。
いずれにしろ、現状の母が有里と全く同じ袋小路にいて、
ずっと崖っぷちに立っているような振る舞いはひどく哀れだった。
でも何かやろうとしても失敗ばかりする有里よりは、
良い母・妻であることを取り繕えているだけ、
彼女は娘よりは器用と言えるのだろうから、
誰かが大丈夫だと言ってやりさえすれば、
母と娘の関係はもう少し情のこもったものになったのではないかと思う。
そうすれば有里もノートの上で人を殺し続けることはなかったかもしれない。
あまりに似た母と娘の在り様が息苦しくてならなかった。

もう一篇の「ひかりのあしもと」でも主人公は、
母に由来する歪みを抱えている。
愛され、守られる立場にいるために生まれたような母は、
その言動の上では誉に確かな愛情を向けているし、
父にしても娘を全くないがしろにしているわけではない。
ただ家の中、あるいは母の隣にいるときはいつでも、
誉は愛される者の椅子を母に明け渡さなければならない。
守られるべきは愛菜ちゃんであり、
大きく固く、風変わりな女子大生の誉ではないから。
トカゲの死体を見つけた後、誉が目撃した母の様子からして、
彼女の普段の挙動に虚飾がゼロだとは言えない。
でも誉には悪いけれど、多分愛菜に悪気はないのだと思う。
愛され守られる存在に甘んじること、そう振る舞うことは、
彼女がこの世に自分をはめ込む上で最も自然なやり方で、
そうしていれば自分も他人も快適なのだという認識を、
人生のどこかの時点で愛菜ちゃんは獲得したんでしょう。
だから娘に対する憎しみなんてものは欠片もないし、
ましてそこへ向けられるべき愛情を奪ってやろうなんて魂胆もない。
今までそうだったように、愛すべき存在として振る舞っていれば、
娘も愛してくれるはずだと信じている。
まるで間違った入力をされてエラー表示を点滅させる機械のような、
愛菜ちゃんの挙動を見て、
本当に憐れむべきは誉ではなく彼女なのだと思ってしまった。

綺麗な発音で話し、周囲の状況に頓着せず、
その一方で初めて見るものに敏感で優しい。
蛍という男を純粋で少年のまま大きくなったような人間として、
誉の救世主の位置に置くことはできるし、
実際誉の命を繋いだのはこの男だとも思う。
体を繋ぐためだけの「レンアイ」を繰り返すことで、
愛されていることを実感しようとしてきた誉にとって、
体より先に言葉と時間を共有できる相手というのが、
それだけで特別な唯一無二の存在になってしまうのも分かる。
明らかにどうかしている女に拉致監禁、殺されかけても、
彼女を見放さなかったことは賞賛すべきことでもある。
ただそれもこれもあれも横に置いて、
蛍という人間同じ教室にいることを想像すると、
彼と友人にはなりたくないし、
できれば同じ講義を取っていたくもないと思った。
誉には優しいけれど、赤の他人の位置から見ると、
蛍の言動は迷惑で身勝手で、純粋な分だけ性質が悪い。
たまたま歯車が噛み合って救い救われる関係になったことは、
誉にとって二重の意味で大変な幸運だったに過ぎず、
残念ながら、伴走者たる人はまだ現れていない。
拉致監禁しなくていい相手が見つかる日まで生き延びて欲しい。

殺したくて殺したくて仕方がないのに、
それでも殺さなかった有里は、
そのことを誇りに思っていいはずだと思う。

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