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2017.09.09 (Sat)

僕は君を殺せない


僕は君を殺せない
(2015/12/17)
長谷川夕

罪の大きさに議論の余地はない。
憎悪も、託された責任も十分だ。
機会があり、方法がある。
だから、殺す。

そんな荒野に子供を送ってはいけない。


【More・・・】

へその緒を切られた瞬間から、親子は別個の存在になる。
その後子を育てる者を親だと定義するなら、
その親が子に渡してはならないものの筆頭が憎悪だろうと思う。
他人同士なのだから、親と子が愛し合えるとは限らない。
でも、子は人生のある時期、親を唯一無二の存在にする。
親の心を世界の理とし、親の見るものをその背を透過して見る。
もしも、その時期に親が何かを憎悪していれば、
子が自分の力でそれを肯定することはとても難しい。
何の抵抗もできず受け取ったその憎悪の呪縛を逃れるために、
子は将来にわたって、負担を押しつけられることになる。
息子に発見される形で自死した上に、
議論の機会を完全に奪った状態で自分の憎悪を押しつけた父親は、
無残に処刑された「罪人」たちよりもずっと罪深いと思う。
憎しみや悲しみで自分の身を焼くのは勝手にしたらいい。
でも親だと名乗りたいなら、
子への延焼を防ぐ手立てくらいはして貰いたい。
父の憎悪に自分の憎悪をくべて燃え尽きた誠が、
我が子にその炎を渡す機会がなかったことだけが救いだと思った。

「僕」と「俺」の語りが交互に現れ、
どちらの名前も途中まで伏せられているという点では、
ミステリーの風味はあるものの、
登場人物はさして多くなく、またかなりの速度で殺されていくので、
あまりその辺りの仕掛けに考え込むことはなかった。
ごく冷静に、淡々と「罪人」を処理していく様子には、
すでに人殺し以外の生きる道を諦めてしまったような雰囲気があって、
残虐な処刑の様子に感じるべき恐ろしさは霧散し、
ただ可哀想な子供を見ているような哀れみを抱いた。
レイのことや、一馬という脅威がなかったとしても、
誠はリストを消化しきるその前後の辺りで、
理性的な判断能力を失うか、
そうでなければ自死に至っていたような気がする。
無残な処刑を実行するために必要な憎悪の熱と、
実行している最中の冷たい視点の乖離は彼の狂気の表れで、
レイを殺せないという気持ちも、
憎悪とは対極にある場所への揺り戻しに、
たまたま愛情や執着を当てはめただけのようにも思えた。
いや、そうして狂いの間にいる人間に、
鍋を美味いと思わせ、あの狭い部屋に温度を与えたことこそ、
レイと誠の間にあったものが本物だという証左なのか。
殺せない、というところからもう少し、もう半歩でも進んで、
共に生きたいというところまで少年に戻ってきて欲しかった。

父の恨みも誠自身が経験したことも、
殺意を実行の段階まで進めさせるのも仕方ないような惨さで、
処刑された人間の幾人かには確かに、
法で裁ける罪があったのだろうと思う。
けれど、家族をことごとく失ってた母親の、
その虚ろな目を目の当たりにすると、
殺す以外の復讐はなかったのかと甘ったるく考えてしまう。
法に期待できないとしても、
覆しようない形で過去の出来事を公表するとか、
父のリストを何らかの方法で消化する道はあったはずで、
誠の頭の回転の速さならその手段を考えることもできたでしょう。
それでも誠がごく単純で野蛮な制裁を選んだのは、
一馬の意向ももちろんあっただろうけれど、
結局は死という形のケリのつけ方を、
我が身を持って示した父親の影響が大きかったように思う。
リストに名を連ねた者全員に処刑に相当する罪がないことは、
誠は多分十分に理解していたし、
罪があろうがなかろうが、人を殺す罪は償うべきだとも考えていた。
だから死ぬ。死ぬべきだと思う。
その思考からは罪の軽量や裁きの段階は完全に欠落している。
死んだ者が残した呪いというのはここまで強いのかと思う。
人を呪って死ぬ親ほどの害悪はそうないかもしれない。

「Aさん」は、日常のすぐ隣で進行する異常が、
じわりじわりと壁の向こうから滲んでくるような怖さのあるホラーで、
誠のそれに近い語りの調子が別のものだったなら、
Aさんについての思い出話がどこへ繋がっているのかも含めて、
全体のまとまりを楽しめた気がするのだけれど、
いかんせん「風呂場の入念な掃除」から、
ほぼ直線で「死体処理」に連想する思考回路には少し拍子抜けだった。
とはいえ濡れた男の存在感がAさんのそれとほぼ同じに感じられて、
その濃さを想像すると夜の海を避けたくなる怖さはあった。
「春の遺書」はホラーから一転、悲しみだけが残る恋の話、
あるいは一人の男の執着の話と言った方が正確か。
孫の立場から見ると祖父母の世代の確執や情念のもつれというものは、
現在進行形のものだとは認識しづらいものだと思うけれど、
その点若葉の行動力と状況把握の力には感心する。
心中未遂の後も何十年も真面目に働き、
社会的にも立場があり、人間関係も問題なく構築ていた人間が、
死のに際して持っていこうとしたものの一覧を眺め、
失踪から死に場所を見つけるまでの放浪の様を想像すると、
彼は死に損なった時点から、全く生きていなかったんだという風に感じた。
弟を生かすために心を鬼にしてこの世に杭を打った兄の無念が偲ばれる。

そもそも何の罪も因果もないのに、
偶然と勘違い、そこから生じた行きずりの責任を、
律儀に果たしていこうとする「俺」が良い奴過ぎて心配になった。

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