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2017.09.17 (Sun)

失踪症候群


失踪症候群
(2014/10/16)
貫井徳郎

深く息を吸って、背筋を伸ばして、
明日に期待して。
そうして君が生きて行けるなら、
どこへでも行ったらいい。
捨て去ることを気に病む必要はない。

なんて、言ってやるものか。
私はいなくなる君を傷つけて、
そこに楔を打ち込むだろう。
それさえ引き千切る覚悟があるなら、
失踪、してみるがいい。


【More・・・】

死そのものを経験したいのなら、
それは確かに死ぬしかないのだけれど、
死にたいと思ったとき、
死以外の選択肢が少しでも頭に浮かんでいるなら、
それがたとえ全てを捨てる敗走のようなものだとしても、
怯えた兎になって逃げることは賢い選択だと思う。
死ぬくらいなら、生きることはいつだって正しい。
けれどそうは言っても、置いて行かれる者の側に立って想像すれば、
失踪は最後から2,3番目の選択であって欲しいと思ってしまう。
過去がどうのというより、未来を閉ざされることが辛い。
他人の全てを背負うことなど不可能なのだから、
寂しいというそれだけで誰かを留め置くことには無理がある。
そうと理解していても、大切な者が失踪しようとするなら、
陳腐な言葉で引き留めずにはいられないと思うし、
ましてそれがどうしようもない選択とは思えないなら、
おそらく怒りを抱くだろうと思う。
他人と身分を交換することで「失踪」する青年たちには、
つい説教じみたことを言いたくもなってしまったけれど、
そんなものでは彼らを止めることはできない。
身分を替えたところでままならない人生が続いていくことを、
自分で受け入れるまで逃亡は終わらないのだから。
そんな時間も与えられないまま、
他人の過去に追いつかれて殺された吉住があまりにも哀れ過ぎた。

意図的な失踪にまつわる話というのは、
いなくなりたい、捨てたいという思いが付随する分だけ、
本人の意思とは関係のない理不尽な死の話よりも重く感じることが多い。
失踪の後にある、何者でもない人間の生活というものの暗さも、
失踪という言葉を重苦しくしているのだろうと思う。
けれど、環たちが追跡したことで浮かび上がった「失踪」の仕掛けは、
若者同士の「身分の交換」が核になっていて、
悲壮感もなければ重苦しさもほとんどない。
ただ楽な「失踪」に飛びつく若者の視界のなんと狭いことかと、
自戒を含んだ苦笑いが出るばかり。
そもそもこの「失踪」の仕掛けを作った馬橋という男にしても、
生活のための小金欲しさに若者を右へ左へ置き換えているだけなので、
その割には顧客が問題を持ち込まない限り破綻しない仕組みは、
奇跡的に良く出来ていたと考えるべきか。
でも、そもそも失踪しようとする人間は何かしらの問題を抱えているもので、
小沼が危ない人間との関わりを持っていなかったとしても、
問題のある他人の身分の上で生活していれば、
いずれ似たようないざこざからカラクリが明らかになった気がする。
つまり環たちが動かずとも、最終的な結果は同じだったとも考えられる。
まあ、無闇に身元不明の遺体を増やさずに済んだだけ、
諸々の強引な手段を使った甲斐はあったかもしれない。

父の職業への誇りとその反動としての大きな失望、
そこからの家族全体への反発という流れは、
悩める父が娘を理解しようとした時には、
大変描きやすい、つまり想像しやすい画だと思う。
真梨子の言動は確かに、その想像から大きく外れていないように見える。
だから多分、言葉を尽くして思いを伝えようと努力すれば、
原田父娘は関係を築き直すことができる。
けれど、何か釈然としないものが残ってしまったのは、
結局父から見た娘というものしか語られなかったからで、
そのことに反発を覚えるのは、
誰かの娘としての、個人的な経験からくる苛立ち、
単なる八つ当たりのようなものなのだろうと思う。
真梨子の反発にどういう文脈があったのかは、
彼女自身の言葉を聞かなくては分からない。
父が想像する通りのことが本当に全てだったのかもしれない。
でもそれでは、少女の世界というものを舐めすぎなのではないかと感じる。
家族は大きな要素ではあるだろうけれど、
それだけで学校を避け、危険な遊びに手を出すことには違和感がある。
目を覚ました真梨子の口から、
原田が想像もしなかったような、
家族とは無関係の告白が飛び出してきたらいい、なんて、
父に対してあまりに意地の悪い期待をしてしまった。

警察組織の中で特殊な任務についているらしい環という男は、
人の動かし方から頭の回転の速さまで、
捜査に関して隙の無い優秀さをもっているようで、
仲間からの信頼も厚い。
人格的に大きな問題があるわけでもなく、
大きな組織の最前線でも大いに力を発揮できそうだけれど、
ただ一つ、無理矢理に問題点を挙げるなら、
へりくだることもなければ、上から物を言うこともないその態度か。
能力が高い分だけ、その態度は嫌みにも不遜にも映るだろうから、
大きな集団の中では波風を立てることになって、
本人が意図しないところで無意味な足かせを作ってしまうかもしれない。
環が今のような立場で動くようになった経緯については、
今後語られることを期待しておくとして、
3人の仲間に比べると極端に人間味も生活感も薄い、
何かそういう装置を搭載した人形のようなこの男が、
もっと生々しい中身を見せてくれる任務の到来を楽しみにしている。

ゼックのろくでもなさは語るまでもないけれど、
そこ以外に居場所がなかった男が、
何もかも嘘だったと知ったときの衝撃は想像するに余りある。
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