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2017.10.08 (Sun)

園芸少年


園芸少年
(2009/8/8)
魚住直子

小さな種の中の構造は、
それほど複雑ではない。
胚に胚乳、わずかな子芽その他。
それがやがて大きな未来を生む。

花と少年たちは、
同じ成長の途上にある。

【More・・・】

多分人生で最初に育てたと言える花は、
折り目正しくアサガオだったろうと思う。
教室で種を与えられるまで、花を育てる発想がなかったということで、
一方で農園の世話は熱心にやっていたから、
多分植物ではなく花に興味がなかったのだろうと思う。
その傾向は学年が上がって菊を渡されても変わらず、
到達点としての収穫物を見込めない植物の世話を怠け、
結局は花を開かせることなく枯らしてしまった。
あの菊には気の毒なことをしたとは思う。
そんなわけで花そのものには惹かれないけれど、
それは園芸にはまっていく少年たちも同じであるように見えた。
花の大きさ、美しさ、整い方を愛でているわけではなく、
世話をすることで返ってくるものの瞬発力みたいなものに、
少年たちは魅了されているのだと思う。
動物の世話にももちろん返答はあるけれど、
今日餌を出そうがフンの始末をしようが、
明日目に見えて何かが変わるわけではなく、
総合的な「成果」が分かるのは早くても数ヶ月後になる。
けれど植物は即答する。
次の日には葉や蔓を伸ばし、芽を出すことで応えてくれる。
そう考えると、意外と園芸というのは、
答えを求めている若者向きの活動なのかもしれない。
うおーと叫びながらプランターを覗き込む少年たちが可愛らしかった。

心の底から集団に帰属することはできなくても、
浮かび上がらないためにはどうしたら良いかということを、
中学生の時点で理解していた篠崎はとても聡い。
苦もなく集団を自分のものにできるごく少数を覗けば、
おそらく大体の中学生は違和感を抱いたまま、
なんとか息を継ぎながらやっているくらいが普通でしょう。
そのずれをごまかすためという明確な目的意識をもって、
部活選びまでする生徒はそうはいないだろうから、
そんな「努力」もせず、思考さえ巡らせずに、
教室での地位をずるずると下げていったツンパカを、
怠惰だと言うのはあまりに手厳しい。
でも愚かな奴だと断じて忘れ去るのではなく、
彼にしてしまったことを忘れずにいて、
自分が高校に来て得られたような安心できる場所を、
不器用な少年が見つけられるよう祈る姿はいじましく見えた。
お父さんの子育てが結ぼうとしている実の健全さに、
心からの拍手を送りたい。

馬鹿げていると感じながらも、
やんちゃで無軌道な仲間の傍にいた大和田も、
基本的な処世術は篠崎が身につけているものと同じで、
違うのはその仮の衣が少しばかり脱ぎにくいものだったというくらい。
自らトラブルを起こしたわけではないのに強く叱責されたことに対して、
友人たちが憤るのはもっともなことだけれど、
多分大和田によく考えるように言った先生は、
大和田がなんとなく着たままにしているその尖った衣を、
この機に脱いでしまえと言っているのだと思う。
それはつまり反抗的で学校の雰囲気から浮き上がった大和田が、
本来の姿ではないと見抜いているということで、
園芸部の先生に限らず、この学校の教師陣はよく生徒を見ているし、
子供を諭すということにも手を抜かない手練れだということ。
庄司に提示した条件にしても、
問題のある生徒を腫れ物のように扱うのではなく、
努力に見返りを用意して自尊心を育てつつ、
人と違うものを選ぶ厳しさを示す内容になっていて、
この学校で高校時代を過ごせる生徒を羨ましくも感じた。
何かを熱心に強制することよりも、
やりたいことをやらせながら支援し見守る方が多分気苦労は多い。
のびのびと横暴に下級生を勧誘する先輩たちも育てられている。

篠崎や大和田が抱いていた違和感。
それを明文化し、はっきりとした形で拒否したのが庄司の箱で、
箱の中に逃げ込んでいるように見えて、
嫌なもの、恐ろしいものに正面から否を示せるというのは、
それだけでとても勇敢な行為だと思う。
庄司の自覚としてはコンプレックスを隠すため、
攻撃から身を守るための箱なのだろうけれど、
実際のところ箱をかぶっていた方が目について攻撃されるだろうし、
何より社会生活に支障をきたしまくる。
賢い庄司がそれに気付いていないはずもない。
それでも庄司は箱によって守られるものと引き換えに、
容赦なく自分に押しつけられるものを引き受けているし、
集団の中の激しい異物である自分を、
完全には排除しないでいてくれる周囲の優しさに、
感謝する柔らかさまで持っている。
三人の中で最もあくが強いようで、
一番素直で心が広いのは庄司でしょう。
その寛容を他人にも向けられるようになったなら、
容姿も相まってとてつもない人たらしになる気がする。
そして残念ながら一番モテから遠いのは篠崎だと思う。
大学生くらいになった三人がどんな風になっているのか、
想像をめぐらせるととても楽しい。

ベコニア、ペチュニア、マリーゴールド、パンジー。
名前を聞けば姿を思い描けるだけでも、
学校での気の乗らない園芸には意味があったのかもしれない。

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