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2017.11.11 (Sat)

潮騒のアニマ 法医昆虫学捜査官


潮騒のアニマ
(2016/10/25)
川瀬七緖

群れの中で役割を果たせない者は、
最初から群れの一員としてカウントされない。
それは単なるエラーで、たんぱく質で、
だから群れのために子の餌にする。

高い社会性をもつ虫の生態を知るたびに思う。
人間でよかった。


【More・・・】

社会性という言葉からイメージされる助け合いの精神は、
こと虫に限って言えば全くの誤解なのだと、
アリやハチの社会について調べていたときに知った。
いや、助け合いはある。協力がシステムを支えている。
ただそこには弱い者を守るという方向性がなく、
役割を十分に担える強さを前提にして、
全体の繁栄のために仕事が割り振られる。
個が集まって社会を作っているというよりは、
社会という大きな個を小さく分割していると捉える方が、
虫の社会を理解するには正しいかもしれない。
群れの存続のためにオスメスの割合を柔軟に入れ替え、
多くの個を犠牲にして大移動を実行したアリを見ていると、
その蠢く様には不思議と嫌悪感を抱かなかった。
明確な目的のために、アリは変化を選んだ。
一方で、神ノ出島の人々は現状を守るために変化を拒絶した。
多分、どちらも群れの反応としては妥当なもので、
違うのは戦略だけという話なのだと思う。
でも、アリよりもはるかに複雑で変化に富んだ個をもつヒトならば、
群れとしての抗い難い衝動とは別の道を見つけることもできたはず。
島が世界そのもとして機能する場所でそれを求めるのは酷だとは思いつつ、
張りぼての信仰を抱いて首をくくった男たちが、
あの穴の底に折り重なるイメージを振り払うことができない。

腐敗の段階で多少の程度の違いこそあれ、
基本的にぐじゅぐじゅしている遺体を扱うことが多かったのが、
今回は珍しく綺麗に乾燥していて、
定番の主役である蛆の皆様の姿もごく控えめなので、
シリーズの途中ではあるものの、
人に勧めるには一番マイルドかもなあと思う。
とは言っても首つり多数にアリの大群に埋もれた遺体の検分に、と
毎度のことながらビジュアル的に激しめの場面が続くので、
大変面白いけれども、映像化は当初から諦めている。
ああでも、さわやかな南の島と陰鬱な自死、
世代を超えた団結と余所者の排除のコントラストの鮮やかさを思うと、
ドラマ化は無理でも、映画なら何とかと考えてしまう。
岩楯刑事の相棒若手が毎回変わるというのも、
色々な俳優さんを起用できて良いし、などと、
シリーズが長くなってくるとつい欲深な皮算用をしてしまう。
今回の岩楯敬次の相棒は潔癖のきらいがある様子だったので、
さぞ阿鼻叫喚になると思いきや、
不潔というよりは脅威の色合いが強い現場になったので、
揺れる若者の心をへし折るようなことにならなくて幸いだった。
何かを触るたびにその場の全員が除菌ティッシュを渡されて、
無言で粛々と手を清める様は大変愉快。
若者の成長を継続的に見守りたくもあるけれど、
赤堀先生が各所に味方を増やしていくという意味では、
相棒の入れ替わりは種まきのように考えてもいいかもしれない。
メモ魔の男の再登場に、懐かしい気持ちになった。

その目的のために準備をして環境を整えるか、
ごく低い確率の偶然によって条件が揃わない限り、
自殺体のミイラというのは実現し得ないわけで、
最初の一人の遺体が見つかった時点で、
他者の関与は十分な可能性として考えるべきだったと思う。
死因が明かな首つりだからと言ってそこで思考を止めるなんて愚行は、
報道関係に批判されても仕方がない。
ただ、もしも死んだのが彼女のような女性、
つまり大きな犯罪やトラブルに巻き込まれようもないほどに、
閉じた人間ではなかったなら、
捜査の方向性も違うものになったのではないかと思う。
内に閉じこもり、他人を拒絶することは、
ただそれだけで外側からは死に絡め取られて見えるということなのか。
そんなリスクを背負い込みたくなければ、
もっと外に出て他人に心を開くべき、なんて、そんな乱暴な理屈は、
おそらくどんな問題も解決することはない。
死の側へ人を傾かせる問題は内と外にまたがって存在していて、
本人以外にもそれが見えていた人間はいたはずだと思う。
けれど、あの物置部屋のような場所、「保留の案件」に対して、
積極的に足を踏み入れるのは誰にとっても億劫で、かつ恐ろしい。
一方で保留を続けることは容易い。尊重なんて言葉で自己防衛もできる。
だから問題は往々にして放置され、決壊さえも無視される。
その循環を断ち切るにはどうすれば良いのか考えても、
結局は、レッド・ハートのような団体で対応することしか思いつかなかった。
かの団体には放任が過ぎる部分があり、管理も不十分だったけれど、
神ノ出島を訪ね、そこで見た風景は確かに彼女の閉じた部分を動かした。
気に障る点は多くても、レッド・ハートを責めることはできないと思う。

赤堀先生がタッチの差で犯人に辿り着くことも、
そのために危険な状況に陥ることも毎度のことなので、
そろそろ警察側で具体的な策を打ってくれるだろうと思っていたけれど、
岩楯刑事の気持ちが重くなるばかりで、
組織的な動きが精々連絡の徹底に留まったことは残念だった。
今回も結局はその防衛線をすり抜けて赤堀先生は犯人に接近し、
ケガで済んだのが不思議なくらいの状況になってしまった。
岩楯刑事個人の気配りや、先生の意識だけでは、
先生の安全を守ることにはもはや無理がある。
法医昆虫学に対する岩楯刑事の認識が組織内で共有され、
先生から常に目を離さない人員を確保できない限り、
多分何度でも先生は真実の傍で命を狙われることになるし、
最悪の事態が起こってしまうのも時間の問題でしょう。
岩楯刑事は赤堀先生の捜査員としての能力と、
赤堀涼子個人を危険から遠ざけたいという思いの間で揺れているけれど、
組織的な体制さえ整っていれば、
その問題に一人の捜査員が頭を悩ませる必要はない。
法医昆虫学の実績も着々と増えてきたことなので、
この辺りでその有用性と現状自分が晒されている危険について、
お偉い誰かにプレゼンする機会を先生にあげたい。
いや、それでは無駄な敵を作ることになるだろうから、
プレゼンは例のメモ魔くんあたりに頼んだ方が無難か。
あとは上へ繋がるパイプさえあれば。次の岩楯刑事の相棒に期待しよう。

首つり死体の上で生まれた蛆が、
ぽとぽとと地面に落ちてアリに回収され、群れを養う餌になる。
死の上で跳ねる生の勢い、その凄まじさよ。

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