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2009.11.15 (Sun)

D-ブリッジ・テープ


D-ブリッジ・テープ
(1997/6)
沙藤一樹

こちらとあちらを繋ぐ、橋。
常に通過点であるはずのそこは
もちろん少年の始点ではない。

でも、そこは、
狩場で、戦場で、生活の全て。
少年の声を刻む場所。

【More・・・】

少年は橋の上に住んでいる、らしい。
ゴミに埋まった横浜ベイブリッジ。
廃車をねぐらにして、虫や鳥や猫を食って生きている。
状況は甚だ悲惨で、誰の助けもない。
でも、彼は生きることをやめない。
車に轢かれた足が腐り始めれば、自ら引きちぎる。
鳥を捕えるために、人の死体を餌にして罠を張る。
執念というよりも、思う前に生きることを選ぶやり方は、
とても十歳前後の少年ではないな、と思った。
いや、むしろ少年だから、そうなのか。
生きるにも死ぬにも理由が必要な大人とは違うのかもしれない。
迷いなくまっすぐに一つのことに向かうという点では、
白球を追う野球少年たちと、彼はそう変わらないかもしれないと思う。

そんな風にして生きた少年の一人語りの録音テープ。
聞く大人たちのやる気なさにいちいちイライラしてしまった。
ある者は居眠りし、私語をやめず、聞こうともしない。
聞かせようとする相原さえも、少年に興味がない。
ここまでの無関心は、一体何なのかと思う。
ベイブリッジがゴミに埋まって、周辺に人気がない一方で、
世界全体が荒廃したわけでもないようで、
聞く者たちは文化的な生活を保っている。
子どもを「不法投棄」する日本と、予算をおろす機関が存在する日本。
近未来だとしても、なんだか違和感を抱かずにはいられなかった。
少年の語りが切実なだけに、
もう少し世界の状況を説明してほしかったような。
まあ、橋の外に出ない少年の語りである以上、
あまり詳細に世界情勢について語っても変なんですが。

橋の上の暮らしが軌道に乗ったころ
少年は少女に出逢うわけですが、
この少女・エリハもまた少女らしい少女のような気がした。
泣いて怯えるけれど、少年と同じように生きることは諦めない。
片足のない少年よりも、まだ不自由な体で、
必死に生にすがりつきながら、その上で命を憐れむ。
殺して食べる命も、少年の命も。
エリハは目を見開いているんだなと思う。
暗闇で満天の星を視るだけでも、
見えないものを感じようとするだけでもなく、
見てこなかったものに目を向けることにもひるまない。
だから、彼女が包丁を握ることは、
少年よりもずっと苦行だったはずで、その決意が痛々しい。
橋の上に捨てられなかったなら、どんな風に成長しただろう、とか
楽しげにピアノに向かう彼女を見ていて思った。

やがてテープは終わり、少年の声は途絶える。
たどり着いた結末は、それしかないのだろうなと思えるもので、
叫びような少年の最後の言葉を、妙に落ち着いた気分で読んだ。
エリハにしても、少年にしても、
非情な状況にはあったけれど、
結局特別なことは何もなかったんだなと思う。
生きたいと思って生きて、死にたくないと思いながら死ぬ。
その間で、相手を生かしたいと願う。
何も特別じゃないけれど、その分純粋だとも思う。
なんだか高橋しんの「きみのカケラ」を思いだした。

それにしても、
虫団子やら生肉やら、
少年のお腹の強さは驚異的だと思います…。
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